自立すること、一人でも生きられるようになることが、結果的に大切な人を救う

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 最近、芥川賞の受賞記者会見での風俗発言で話題になった西村賢太氏の『苦役列車』を読みました。話題だけ先行していてなかなか読む気になれなかったが、読んでみるとなかなか面白かった。西村氏は小学生の時に父親が性犯罪で逮捕されたらしく、小説の中でもそのエピソードが登場する。『私小説家』と名乗っており、多くの部分を自身の経験に基づいて書いているようだ。
 小学生の時に父親が性犯罪で逮捕され、学歴は中卒の19歳、今は日雇いの肉体労働をしてはその金をすぐに汚い居酒屋での一人飲み代やタバコ代、それから風俗代につかうという日々を送っている。頭が悪くコンプレックスだらけで卑屈で、恋人はおろか友達も一人もいない。おまけに酒癖も悪いし、向上心のかけらもない。本物の『ダメ人間』である。
 この主人公は途中で急に「これでは駄目だ」などと思い立ってきちんとした職につこうとしたり、女の子に恋してダメな自分から少しずつ変わっていこうとする、などというようなことは一切しない。やっと友達が出来たと思っても、コンプレックス丸出しですぐ相手につっかかる。
 確実に女の子が嫌いなタイプで、恋人が出来たと思ったら暴言を吐き、酒を飲んで暴力を振るうようなタイプだ。そして学歴や育ちの悪さなど多くのコンプレックスを臆することなくこれでもかとさらけだす、あまりの器の小ささに、清々しくさえ感じてしまう。
 どこか『男はつらいよ』の寅さんなんかを彷彿させる。よく『悪い男に惹かれる』みたいな言い方をするが、『悪い』というのはあまりに漠然としていてイメージしづらいが、つまるところ、悪い男というのは、暴力的であったり支配的なという意味ではなく、どうしようもない男、クズ人間、ダメ人間のことなのかもしれない。そして、身近にこういう人間がいたら全力で排除したいと思うのに、同時にまた、それでこそ男だ、とも思ってしまう。
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 かかえているだけで厄介極まりない、自身の並外れた劣等感より生じ来たるところの、浅ましい妬みやそねみに絶えず自我を侵蝕されながら、この先の道行きを終点まで走ってゆくことを思えば、貫多はこの世がひどく味気なくって息苦しい、一個の苦役の従事にも等しく感じられてならなかった。
―『苦役列車』より
出たぜ。田舎者は本当にムヤミと世田谷に住みたがるよな。まったくてめえらカッペは東京に出りゃ杉並か世田谷に住もうとする習性があるようだが、それは一体なぜだい?おめえらはあの辺が都会暮しの基本ステイタスぐれえに思ってるのか?それもおめえらが好む芋臭えニューアカ、サブカル志向の一つの特徴なのか?そんな考えが、てめえらが田舎者の証だってことに気がつかねえのかい?それで何か新しいことでもやってるつもりなのか?何が、下北、だよ。だからぼくら生粋の江戸っ子はあの辺を白眼視して絶対に住もうとは思わないんだけどね
―『苦役列車』より
人生には目標が必要で、自立すること、一人でも生きられるようになることが、結果的に大切な人を救う、わたしは物心ついたころから、そう思って生きてきたし、その価値観は今も変わらない。だが、それは普遍的なのだろうか。病とともに生きる人に、目標や自立の必要性を言うのは、健康な人間のエゴではないのか。
―『心はあなたのもとに』より
自分にとってどんなに大切な人でも、非常に重要で、しかも自分が関与できないその人固有の現実があり、その人が大切であればあるほど、自分はその現実を受け入れなければならないという理解が、他人という概念を育てる。他人という概念を持っていない人間は、愛されているという実感を持つことができない。
―『心はあなたのもとに』より
たとえ自分が死んでも、祖国と家族を守れるなら、その死は無意味ではない、そう信じて戦ったのです。戦後の平和な日本に育ったあなた方には理解出来ないことはわかっています。でも、私たちはそう信じて戦ったのです。そう思うことが出来なければ、どうして特攻で死ねますか。自分の死は無意味で無価値と思って死んでいけますか。死んでいった友に、お前の死は犬死にだったとは死んでも言えません。
―『永遠のゼロ』より
特攻隊には十七、八の少年兵もいた。きれいな目をした奴らばかりだった。「喜んで死にます」と勇ましいことを言っていたが、心の底で恐怖と懸命に戦っているのがわかった。朝にはたいていの奴が目を腫らしていた。本人も気がつかないうちに布団の中で泣いていたんだろうよ。しかしそんな弱さを誰にも見せなかった。
―『永遠のゼロ』より
特攻隊は「敵戦闘機見ユ」の場合は単符連送つまり「ト」を連続して打ちます。そして、いよいよ空母に突入の際は、超長符を打ちます。「ツー」を長く伸ばして打つと「我、タダイマ突入ス」という意味の電信になります。そして体当たりの瞬間まで電鍵を押し続けるのです。
私たちはその音を聞くと、背筋が凍りつきます。その音は搭乗員たちが今まさに命を懸けて突入している印なのです。その音が消えた時が、彼らの命が消えた時です。

―『永遠のゼロ』より
「百科辞典棒というのはどこかの科学者が考えついた理論の遊びです。百科事典を楊枝一本に刻みこめるという説のことですな。どうするかわかりますか?」
「わかりませんね」
「簡単です。情報を、つまり百科事典の文章をですな、全部数字に置きかえます。ひとつひとつの文字を二桁の数字にするんです。Aは01、Bは02、という具合です。00はブランク、同じように句点や読点も数字化します。そしてそれを並べたいちばん前に小数点を置きます。するととてつもなく長い小数点以下の数字が並びます。0.1732000631……という具合ですな。次にその数字にぴたり相応した楊枝のポイントに刻みめを入れる。つまり、0.50000……に相応する部分は楊枝のちょうどまん中、0.3333……なら前から三分の一のポイントです。意味はおわかりになりますな?」
「わかります」
「そうすればどんな長い情報でも楊枝のひとつのポイントに刻みこめてしまうのです。もちろんこれはあくまで理論上のことであって、現実にはそんなことは無理です。そこまで細かいポイントを刻みこむことは今の技術ではできません。しかし思念というものの性質を理解していただくことはできるでしょう。時間とは楊枝の長さのことです。中に詰められた情報量は楊枝の長さとは関係ありません。それはいくらでも長くできます。永遠に近づけることもできます。循環数字にすれば。それこそ永遠につづきます。終らないのです。わかりますか?」

『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』より
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永遠のゼロ(百田尚樹)
インド夜想曲(アントニオ・タブッキ)
苦役列車(西村 賢太)
土の中の子供(中村文則)
世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド 上巻(村上春樹)
心はあなたのもとに(村上龍)