田辺大樹のブログ。それゆけ東京起業家物語

『娯楽・エンタメ』が人類に必要な理由と価値

2016年09月5日

極めて貧困で食糧が危機的に不足していたり戦闘の真っ只中にあるような、今日を生き延びるのも困難な状況の人達にとっては、映画や小説のような娯楽は無縁だし、そんな病気や傷を癒やすものでも空腹を満たしてくれるものでもないものは何の価値もありません。

そしてそういう状況の人達は、『自分にはどんな仕事が向いているのだろうか』とか『自分は何をして生きていけばいいのか』とか『この寂しさをどうしたら埋められるだろうか』とか『どうしたらもっと幸せに生きられるだろうか』というような悠長なことはきっと考えないんじゃないかと思う。

生命の危険がある人達にとっては娯楽は不要

そういう人達は『どうしたら今日を生き延びられるか』というような命に直結した深刻なことを考えているはず。そういう意味では、寂しいとか自分はどう生きていくかで悩む余地があるというのは、贅沢と言えるようにも思える。

じゃあ常に生きるか死ぬかという状況にある訳ではない人たちにとっては、そういった心に関する贅沢な考えをしているのは貧困な地域の人達に対して失礼であり、そういうことで悩んでいるのは甘えでしかないということかというとそうではないと思う。

一定の生活水準以上にある人に娯楽は重要な要素となる

人は生まれるときに親や場所や時代を選ぶことは出来ないし、その環境によって個々人の深刻な問題というのは違ってくる。だからそういった問題に対してよりどちらが深刻かというのは決められるものではない。

内戦のある地域で親が殺されガリガリの弟と兵器の炎に怯えながら暮らしている少女と、食糧も命の危険もないが数年前に母親に「お前を生まなければよかった」と言われそれがトラウマとなっている少女のどちらが深刻で不幸かというのは決められないと思う。

ということでそういった一定の経済発展を遂げて直接的な生命を脅かされる危険性の低い環境下においても人は様々な問題を抱えているものです。問題の種類が変わるだけで。

極論ではあるけど、そういったトラウマを抱えた子どもの救いとして映画やゲームといったエンタメは、何かしらのきっかけや「生きるに値するかもしれない」と思える瞬間を与えることはあるんだろうなと思った。