田辺大樹のブログ。それゆけ東京起業家物語

言葉足らずでも相手が理解してくれるはずだという考えは甘えから生まれる

2014年11月26日
インターステラー

最近思うことをメモしておきます。

・人は常に意識していないと、その時やるべき仕事ではなくてやりたい仕事をやってしまう。そのほうが楽だからだ。

・苦しいとか楽しいとか達成感があるとか、そういったことを言っているうちは素人。プロフェッショナルな人は淡々と仕事をこなす。

・仕事にせよプライベートにせよ、自分の感じていることを正確に言語化できていなくても、意図やニュアンスを相手が汲み取って理解してくれるはずだという一方的な期待は甘えでしかない。甘えは相手への依存から生まれる。

小さな共同体の中で育つと、相手も同じような環境で生まれ育ち一定のバックグラウンドを共有できているはずだという誤解を持ちやすい気がする。外部と接触する機会が少ないからだと思う。

特にベンチャーで新しい事業を立ち上げようとしている段階というのは仮説に仮説を重ねて始めようとしている場合が多いだろうから、そうなると前提となる仮説が崩れてしまうとその上に重ねた仮説が全て矛盾を生じてしまうから、常にどういった仮説を持って現在アクションを起こしているのかということを確認し続けて修正し続ける必要があるんじゃないかなと思う。

そうすると、「なんとなく相手もわかっているはず」という態度を取り、理解を相手に求めるのは甘えでしかないのかなと思う。(これは仕事以外でも友人、家族、恋人あらゆる人間関係に言えることだと思う。たいていの人間関係の問題はコミュニケーション不足から生じているように感じる)

例えば経営者であったり、当事者として強い危機感を持ちながら常に思考し続ける必要のある人達で生き残り続けている人達は、この言語化能力が高いように思う。『インターステラー』観たい。